相続税 2019.3.12

個人版事業承継税制

法人化していない医療機関の場合、院長先生所有の土地や建物を使用して診療所や病院を運営している場合が多いかと思います。その場合、院長先生が亡くなったときに莫大な相続税が発生し、後継者がいたとしても診療を続けられなくなる恐れがあります。平成31年度税制改正では、事業を行うための固定資産について、相続税や贈与税の納税を猶予する制度が創設され、院長先生が亡くなっても診療を続ける手段ができましたので、ご説明します。

制度の概要:診療所や病院の土地・建物の贈与や相続がしやすくなりました

法人化していない医療機関の場合、開設している院長先生が個人で事業を営んでいることになります。この時の院長先生を個人事業者といいます。
個人事業者が亡くなると、個人事業者の所有していた資産は基本的にすべて相続税の対象となります。従って、自宅の土地や建物だけではなく、事業で使用していた診療所や病院の土地や建物も対象となります。もし相続税を支払うことができず、診療所や病院の土地や建物を売却することになると、診療を続けることができなくなる恐れがあります。
株式会社などの法人についても、相続が発生したことにより株式を売却せざるを得ず、事業を承継できない、あるいは法人を解散するしかない、などの問題が発生していました。そこで、法人の事業承継がしやすい法整備がなされました。平成31年度の税制改正では、個人事業者向けにも同じような整備がなされました。「個人版事業承継税制」といわれるものです。
主な内容は以下の通りです。

  1. 多様な事業用資産が対象
  2. 相続税だけではなく、贈与税も対象
  3. 納税額の全額(100%)が納税猶予
  4. 10年間の時限措置(平成31年から平成40年までの間の相続又は贈与に限られる)

相続税・贈与税とは

個人が亡くなった場合、亡くなった方が所有していた財産について相続税が課税されます。相続税は、相続や遺贈によって取得した財産の価額の合計額から葬式費用や基礎控除額などを差し引いても引ききれない金額があるときに、その引ききれない金額(課税遺産総額)に対して、課税されます。相続税は所得税と同じように累進課税(所得が多いほど税率が高くなり、納税額が多くなる)となっていて、課税遺産総額が大きいほど税率も高くなります。
贈与税は、個人が個人から財産をもらった場合にもらった財産の価額の合計額が110万円を超えるとかかる税金です(暦年課税の場合)。贈与税も累進課税となっています。
相続税も贈与税も相続税法に基づいています(贈与税法というものがありません)。対価を払わずに(ただで)資産をもらうという共通点があるため、同じ税法にまとめられています。
個人事業を承継しようとすると、相続税と贈与税のいずれか(場合によってはいずれも)かかってしまいます。ですので、個人版事業承継税制が適用できるなら、適用すべきです。

個人版事業承継税制の対象者

相続税や贈与税に関わるものですので、個人間での取引が対象となります。贈与する方と、贈与を受けた方(相続する方)の、主な条件は以下の通りです。

贈与する方

  • 青色申告の承認を受けていること
  • 平成31年4月1日から5年以内に、予め承継計画を都道府県に提出していること

贈与を受けた方(相続する方)

  • 青色申告の承認を受けていること
  • 担保を提供すること
  • 承継計画に記載された後継者であって、経営承継円滑化法に基づく認定を受けていること
  • (相続の場合)相続の申告期限から3年ごとに継続届出書を税務署長に提出すること
  • (贈与の場合)18歳(平成34年3月31日までの贈与については、20歳)以上であること

個人版事業承継税制の対象となる資産

対象となる資産は、事業を継続するために必要となる資産になります。これらは、被相続人(亡くなった方)や贈与者(贈与した方)の青色申告書に添付されている貸借対照表に計上されていなければなりません。従って、事業と関係のない資産については、対象となりませんので、注意が必要です。
対象となる資産は、以下の通りです。

  • 土地(400㎡まで)
  • 建物(800㎡まで)
  • 機械・器具備品(診療機器等)
  • 車両運搬具
  • 無形固定資産(借地権、ソフトウェアなど)

個人版事業承継税制の適用を受けるための手続き

具体的な手続きはまだ示されていませんが、非上場株式等の事業承継税制を参考にすると、以下のようになると思われます。

    1. 承継計画の提出平成31年4月1日から平成36年3月31日までの間に都道府県へ承継計画を提出します。承継計画には、認定経営革新等支援機関(以下、「認定支援機関」といいます。) の指導及び助言を受けて作成された経営見通し等が記載されている必要があります。
    2. 贈与の実行・相続の開始
    3. 経営承継円滑化法に基づく認定平成29年4月1日から、経済産業大臣が行っていた認定は中小企業者の主たる事務所の所在地を管轄する都道府県知事が行うことになりました。認定申請の際に、承継計画も一緒に提出します。認定の承認が下りるまで、約2か月かかるようですので、贈与税や相続税の申告期限までに承認が下りるよう、早めに提出しましょう。
    4. 贈与税・相続税の申告贈与税は、贈与のあった年の翌年3月15日まで、相続税は、被相続人の死亡したことを知った日の翌日から10か月以内に申告しなければなりません。
    5. 東京都へ年次報告、税務署へ継続届出書を提出申告期限後5年間は東京都へ年次報告の提出(年1回)し、税務署へも継続届出書を提出(3年に1回)しなければなりません。
    6. 実績報告申告期限後5年間の雇用者の平均人数が、贈与や相続が行われた時と比べ8割に満たなかった場合に、その理由を記載し、認定支援機関が確認します。その理由が、経営状況の悪化である場合等には認定支援機関から指導・助言を受けます。

猶予税額が免除されるための要件

上記で要件等を確認しましたが、贈与税や相続税は猶予されているだけで、払わないといけないことに変わりはありません。納税を先延ばししただけでは、いずれは税を負担することになり、事業承継を行う意欲が失われてしまいます。
そこで、猶予した税額を免除する規定が設けられています。免除を受けるためにも要件があります。

    1. 全額免除を受けるための要件

      1. 認定相続人が、その死亡の時まで、特定事業用資産を保有し、事業を継続した場合
      2. 認定相続人が一定の身体障害者等に該当した場合
      3. 認定相続人について破産手続開始の決定があった場合
      4. (相続税のみ)相続税の申告期限から5年経過後に、次の後継者へ特定事業用資産を贈与し、その後継者がその特定事業用資産について贈与税の納税猶予制度の適用を受ける場合

そのほか、同族関係者以外の者へ特定事業用資産を一括して譲渡した場合などは、一部の猶予税額が免除される規定もあります。

そのほかの特例との関係

相続税法では、様々な特例を設けて財産の評価額を下げる施策がとられています。事業で使用していた土地については、事業用小規模宅地特例というものがあり、土地の評価額を下げることができます。
しかし、個人版事業承継税制と事業用小規模宅地特例は併用できず、どちらか一方しか適用できませんので、どちらを適用するかは慎重に検討する必要があります。

まとめ

  • 平成31年から平成40年までの間に一定の事業用資産を相続したり贈与したりした場合には、相続税や贈与税が全額納税猶予される個人版事業承継税制が創設されました。
  • 事業承継を行う場合には、通常相続税や贈与税がかかります。
  • 納税猶予の適用を受けるためには、青色申告者であることや承継計画を提出することなどの要件があります。
  • 対象となる資産は、青色申告書の貸借対照表に計上されている必要があります。
  • 事業承継税制の適用を受けるための申請期限を必ず確認しましょう。
  • 免除されるまでは納税を猶予されているだけですので、年次報告等は忘れずに行いましょう。

http://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/zeisei/2018/181226zeiritu.pdf
(中小企業庁HP 平成31年度 中小企業及び小規模事業者関係 税制改正について)

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